2026年4月17日金曜日

【 2016/4/14・16 熊本地震から10年… 】 〜 1979/4/25 デビューから47年 〜

 【 2016/4/14・16  熊本地震から10年… 】 〜 1979/4/25 デビューから47年 〜

あの日はたまたま仕事で帰っていた熊本 荒尾の実家で体感しました。31年前の〈阪神淡路大震災〉を滋賀で体感した以上の、生まれて経験したことのない大きく、長い揺れでした。前震が収まり、やれやれ、と震源地の被害の状況を心配して何かできる事はないかと準備をしている時の次の日の本震でした。古い家の2階で、寝込みを襲われた揺れはもうこれは、この家はペシャンコに潰れるのではないかと思われるほどのものでした。その後、津波が来る❗️という警報が出て、避難を呼びかける消防車が巡回しました。〈東日本大震災〉の津波の恐ろしさを見せつけられた後だけに、特に海岸に近い荒尾、長洲、玉名の人たちは、早速高台に避難し、車の長い渋滞が続きました。すぐに解除されましたが、余震も収まらず、ずっと車での生活を続けた方も多かったです。明るくなって、熊本市内の友人知人にあちこち連絡をとり、とりあえず必要なものを買い集め、市内に向かうと、市内から郊外へ向かう長い車列とすれ違いました。市電の電線は垂れ下がり、熊本城の屋根瓦や石垣は崩れ落ち、こんなことが故郷の熊本で起こってしまったのかと、暗澹たる気持ちになり、悲しみで胸がいっぱいになりました。

あれから10年、大変な困難を力を合わせて乗り越え、多くの方々の知恵と力をいただきここまで復興が進みました。熊本城は完全復活まであと26年です。98歳かぁ〜 競争だな‼️

太平洋戦争の前や戦中、日本政府は韓国人との結婚を奨励していました。しかし、敗戦すると、韓国に渡った日本人は朝鮮戦争などで主人を亡くしたり、差別や生活苦で日本に戻れない日本人妻を支え支援して来たのが慶州『ナザレ園』でした。韓国人でありながら見ず知らずの日本人を今日まで見守って来たソンミホ園長がその体験を話され平和の尊さを講演されました。27年ぶりの再会でしたが、いつまでも変わらぬ、愛情深い、心の優しい平和を願う御姿でした。[阿蘇瀬の本のユース]と市内の[国際交流会館]で平和コンサート、そして[グリーンリバー]では5回目のライブを[堀川誠(元飛べない飛行船)]くんのドラムサポートで熱く歌って来ました❗️

⭕️4月18日は14時〜 我が青春の地、玉名[高瀬蔵]で少し早いデビュー47回目の記念ライブで燃え尽きようと思います‼️ ぜひおいでください❗️