2014年2月28日金曜日

幼稚園の思い出は霧の中 ~思い出マラソン60・二回目~

予定通り朝8時スタート。しかし、なんと天気は粋な演出を…。初日の25日は春のような陽気。
26、27日はきっちり雨。そして今日はなぜか濃い霧が…何か思い出したくないおぞましい記憶が?・・・
4~5才の頃の僕は、あの時代、回りの大人たちが「坊やちゃん、ボウヤちゃん」と呼ぶもんだから、自分のことを“ぼうや”と勘違いしていた節がある。かなり変わった、手のかかる、いたずらっ子だったらしい。(迷惑をおかけした皆さんには申し訳ありませんが、何も覚えてないのです。)ただ楽しいことはよく覚えていて、クリスマスの学芸会で「もつやくでございます」という博士役のセリフは今も覚えていている。キリスト教の幼稚園で、よく讃美歌を歌ったのが今に繋がってるのかもしれない。楽しい楽しい幼稚園生活だった。
そういえば引っ越して行った、目のくりっとした眉毛の濃いあの子はどうしてるだろう…。

実家からすぐの曲がり角、この先に有明海と雲仙が見えるんだけど…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あの頃は目の前の崖を降り産業道路を横切って畑の中をかけ上って幼稚園へ行った。
 
 
市屋の交差点。当時は駄菓子屋さんがあった。
 

新しくなっためぐみ幼稚園。(園長先生の許可を頂きご紹介)二年前に園で一度歌わせてもらった事があります。
 

2014年2月26日水曜日

ああ人吉は雨だった

 
今日は人吉での三回目のレコーディング。すべてが、しっかり雨でした。
誰かが悲しんでるのでしょうか?
しかしながら、メンバーはいつもハイテンション。梅田さんはドラマーに転向。松ちゃんは長ズボンでドンドン参加。敬ちゃんに至っては、とうとうボーカルデビューを果たしました。終わったら温泉に浸かって、いつものおばちゃんの店で打ち上げ~


ちょっと不思議で嬉しい話… ~荘川桜のお引き合わせ~

人吉雨情のレコーディングを抜け出して山江村へ。
平成18年の春、「北辰斜めに指すところ」の映画監督、神山監督と出会うことができた。監督とは「さくら」でのご縁だ。記念に小学校に荘川桜の苗を一緒に植えた。あれから8年。僕は3月29日のさくらライブの打ち合わせで山江へ。そこで明日監督があの時以来山江にいらっしゃることを聞く。なんという偶然。それも1日違いというのが粋ではないか…。結局、電話だけの懐かしい再会になったが、思いはまた加算された。東日本大震災の映画を作られたそうだ。思いが重なっている… 。打ち合わせのレストランに東京銀座熊本館のスタッフが視察の合間に偶然食事。中の一人は母校の後輩。何度もライブに来てくれた人でした。こちらが打ち合わせ時間を途中で30分早めて、あちらが雨もあり迷って30分遅れて来たので、偶然会えました。キ*セ*キ …。
そのあと、内田さん知ってる? はあ県人会の?ちょうど帰ってるから電話する。ものの5分のところだから…。 京都と東京で12月の県人会でお会いした方が山江の出身なんて知らなかったなあ~。故郷でご兄弟ツーショットとご対面。
なんて キ*セ*キ! 荘川桜のキセキはこの他にもいっぱい体験してるから、嬉しくて、びっくり感激したけど、また“荘川桜のお引き合わせ”だなあ~と納得したのでした。













写真は、8年前に植樹した荘川桜。もうすでに毎年花を咲かせているそう。ライブの日はどうかな…

2014年2月25日火曜日

思い出マラソン60 第一回

~思い出マラソン60~
いよいよ第一回目の思い出マラソンが予定通りスタートした。ちょうど登校する旧第一中学校の生徒とすれ違う。ずいぶん景色は変わったが、55年ほど前の風景もはっきり思い出せるので、そんなに時間がたった気がしない。

①還暦色のジャージで第一歩













②生まれた当時の面影が残る家(6班)













③あの頃は派出所だった、今は公園












④実家を思い出させる官舎あと(2班)

2014年2月24日月曜日

南荒尾駅にて

今日の熊本は18℃あったゲナ。高校時代に毎日乗り降りした国鉄鹿児島本線南荒尾駅。今は無人駅だ。海の側にあり今日の夕日は見事だった。
明日から始まる“思い出マラソン60”
考えてみれば玉高時代は汽車通学だったから、実家から南荒尾駅まででいいんだ。あとは電車で…はははは…
と言うことは、1.2km × 2 でいいのかあ~ これで許される??

▽南荒尾駅から見る雲仙に沈む最高の夕日。ほんものの素晴らしさが、携帯のカメラで伝わらないのが ざ・ん・ね・ん…

『思い出マラソン60』 さあて、どこまで走れることやら・・・

調子に乗ってこんな企画!

関島秀樹生誕60周年記念
『思い出マラソン60』
~わが人生を今一度自分の足で踏みしめ走り抜けてみよう~

<日程表>希望的予定・・
•第1回 2/25 8:00スタート
昭和29年(1954年)11月3日の朝7時頃に生まれた最初の家は月田区6班にあった。翌年の2月に現在の実家、2班に引っ越したそうだ。
なのでまずは、6班⇔2班の 往復約400m を走ってみよう!

•第2回 2/28 8:00スタート
最初に一人で通ったのは荒尾市増永のめぐみ幼稚園(昭和34年~36年)
月田(実家)⇔めぐみ幼稚園 往復約600m

•第3回 3/25 8:00スタート
小学校は荒尾市立第一小学校(昭和36年~42年)
月田(実家)⇔上小路(かみしょうじ) 往復約1,400m

•第4回 3/26 8:00スタート
学校はチャイムが鳴ってから玄関を飛び出すほどの近さ
荒尾市立第一中学校(昭和42年~45年)※現在は海陽中学校
月田(実家)⇔中学校 往復約600m これはダッシュだな。

•第5回 4/28 10:00スタート
いよいよ越境入学で汽車通学(当時は国鉄南荒尾駅から玉名駅)をした熊本県立玉名高等学校(昭和45年~48年)
さあここからが本格的なマラソンだ。
月田(実家)⇔玉名高校 片道約18km×2 で36km
さすがにいきなり一回では無理なので、何回か分けて走り抜けようと思う。
さあてどこまで走れることやら・・・
野原、赤田公園、築地??????

・・・ひとりごと・・・
まったくバカなことを考えるもんだなあ~。
東京の大学(国士舘)はどうするんだ。

あと先考えず、とりあえず走り出す性格・・・。

2014.2.24 実家にて

バイアスロンの“出来島さん”

感動のソチオリンピックが幕を閉じた。これほど僕に刺激をくれた冬のオリンピックはなかった。それは僕自身が節目の年を迎え、特別な思いで受け止めたせいもあるかもしれない。
さあ次は3月7日から始まるソチパラリンピックだ。
ここでは公務員女子アスリート、バイアスロンの“出来島さん”を応援している。
なぜかって? その名前を聞くと、僕が呼ばれた気になって親近感を覚えてしまうのと、条件の悪いなか、黙々と頑張ってる姿に感動したからだ。バラリンピックもガンバれ!

2014年2月23日日曜日

関西荒尾会  -2/23-

関西荒尾会って知ってる?
関西圏に住む荒尾市にゆかりのある人の集まり。今年で15回だ。
立ち上げ準備室のメンバーだったこともあり、半分位は出席しているが荒尾市長は何をさておき、ほとんど参加。出席者の七割は何度も会ってる人。
今回は盛り上がりすぎて、恒例の炭鉱節総踊りはなかったが、カラオケ、ダンス、抽選会もあり、ライブでは涙涙の感動的な、楽しいひとときをありがとうございました。


2014年2月22日土曜日

~栄光のフルマラソンゴールへ~

2月22日4時42分、八所神社に予定通りゴールしました。
42.195km、10日間かけてのささやかなマイ偉業です。オリンピックに触発されて、急に何かを始める単純な人の一人です。
「やればできる!」「何かを始めるのに遅すぎることはない!」
今回のソチオリンピックでは、短期間で出場を果たした選手が多くいた。
夏は無理でも…いやあ~冬もこれからじゃなあ~…そうだ!ねんりんピックがあったな。90才まで頑張れば、ひょっとしたら世界一を狙えるかも… 初夢初夢…



琵琶湖に降臨

アッチ向いてホイソチ向いてホイ もうすっかりオリンピックにはまってしまった。こんなにじっくり冬のオリンピックを観戦したのは初めてだ。冬の競技の面白いこと。スノボ、ショートトラックリレー、スキークロス、パラレル、カーリング、バイアスロン、ボブスレー、ホッケー、アイスダンスなどなど…スポーツ競技の面白さを超え、遊びの延長のような要素の濃いものが多く、楽しくてしょうがない。。新しい種目もどんどん出てきて、若いアスリートやファンが増えるだろうなあ。
フィギュアを全部見て思う。真央ちゃんは金メダルじゃなくダイヤモンドメダルだな。そんな真央ちゃんの神がかりの演技を称えるような輝く光が、徹夜明けの雪の朝琵琶湖を照らしていた…

2014年2月21日金曜日

~マラソンへの小さな第一歩~

いよいよ、はまりこんだかもしれないなあ~。
もうかれこれ10年以上、必死で何かに取り組んだこと…あったかなあ~。
母校で刺激を受け、還暦で人生を振り返り、35年の音楽人生を噛みしめ、新たなスタートを切る。アチ・コチ、ソチ・コチオリンピックでいっぱいだ。みんな凄い。触発される。
今日は雪だったので、ジムで7.195㎞走った。トータルで37.195㎞、残りは5㎞だ。
ほんのささやかな目標だったが、明日で10日間マラソン?のゴールだ。
久しぶりの心地よいふくらはきの筋肉痛。Facebook効果かなあ?誰かに見られている…
今までは何事も、黙ってこっそりやってきたが、暫くは有言実行で行ってみるか。
一年後には《フルマラソン挑戦だ!》

今日、君は、断然世界一だ!

浅田真央がソチの氷上で最高のパフォーマンスを見せてくれた。もう、競技を越えた芸術だ。もうメダルなんてどうでもいい。世界にこれぞ浅田だというスケーティングを見せてくれた。浅田は死んでなかった。完全復活だ。君は凄いよ。今日、君は、断然世界一だ!
 ありがとう。頑張ったね。お疲れさま。
~第二グループ終了時に…~

2014年2月20日木曜日

目標の42.195km

今日は久しぶりの青空のもと、5日連続のランニング。その前の3日間と合わせ、ちょうどトータルで30km。明日明後日で目標の42.195kmまで達成できそうです。

▽写真は今日の青空と比良の雪と琵琶湖です。

自分のために・・・

ここ一番の最高の舞台で、ベストの結果を出すことのむずかしさよ。失敗して初めて気がつく。
当たり前にすることの、なんてむずかしいことか・・・。
心の強さが必要だ。
スキーのジャンプの高梨沙羅ちゃんもそうかもしれない。皆さんの声援に応えようと、頑張らなければと・・・。朝方の4時、日本中じゅうのため息を受け止めなければならない浅田真央ちゃんも大変だ。いいんだよ。人は勝手なもんサ。
日本のため、応援してくれる人のためなんて忘れて。
自分のために、スケートを始めた楽しい頃を思い出して、どうぞ楽しんで、自分のために飛んでください。

2014年2月19日水曜日

立ち向かう力

今年の日本の大雪は歴史に残るだろう。ソチは雪が降らず暖かいらしいのに…
勝てる人と届かない人の違いはどこにあるのだろう。
120%力を出して負けるひとがいる。80%の力で優勝をさらうひとがいる。
実力の違いか、それまでの努力の違いか、経験か、精神力か… 運を見方にできるか… あらゆる要素が絡み合うのだろう。勢い、流れ… 強い人が勝つとは限らない。
勝った人が強いのか? 成功する人はココロだと思う。人間性が大きいと思う。
だけど予想通りに行かないからスポーツは面白い。
玉名高校と再会し、熊本城マラソンに挑戦したくなった。
僕の人生の大半は音楽だがスポーツによって力をもらったことは数知れない。
今年は還暦の記念に、高校生の時から一生のうちに一度は…と思っていたフルマラソンに挑戦しようと思う。面白い事を考えている。今年は、その他のスポーツにもトライしようと思う。立ち向かう力を思い出してみたい…
写真はジョギング途中の“比良山系”と“志賀駅前にあるびわ湖バレイの看板”

還暦の春に思い…誓う -2/17-

なんともいい日本の風習だろう。干支が一回りし、ふりだしにもどる。二回目のスタートだ。
ということは、人生折り返し地点だろうか?120才で大還暦になるという。
成人の日以来、特に人生にけじめのなかった僕に、初めて訪れた節目の年だ。
午年のその春はソチオリンピックで世界が高揚している。競技を通して、選手のさまざまな人生を垣間見る。僕の人生のモチベーションの一つはスポーツだ。
今の人生のスタートは母校玉名高校だ。昨年暮、母校で講演する機会を頂いた。創立110年の記念でもある。マラソンの父、箱根駅伝創始者、金栗四三さんは大先輩だ。苙智衆さんもだが…母校は昭和27年第3回 高校駅伝で全国優勝もしている。この高校時代に体育の教師を目指すことを決め、一方で音楽の素晴らしさに出会った。まさに、この年に原点にもどり、自分の歩いて来た道を噛みしめ確かめる時間を与えてもらった気がする。
どうして歌うことを選び、ここまで続けてきたのか?これからも歌い続けて行くのか? 何か始めてみようと思う。何かを変えてみようと思う。新しい第二のスタートをきってみよう。
そう思い立ち、琵琶湖を走ってるとき、近くの八所神社で建国の神事が行われていた。
2/17 は新たに歩き始める、出発の記念日になった。

 

2014年2月18日火曜日

まだまだ寝不足は続く…

連日の寝不足は毎度のこと。
とうとうレジェンドと呼ばれた葛西選手は銀と銅を手にした。
長い間ずっと気持ちを持続するモチベーションは何だろう。
その果ての彼のリラックスした楽しげな(勝手にそのように見えた)勝負に挑む姿はすがすがしかった。それで最高の結果が出せるんだからすばらしい。
同時にカーリングとアイスダンスも目が離せなかった。生放送を見たいのだ。
アイスダンスは音楽と技術と表現力でスポーツというより愛を表現する芸術的パフォーマンスですっかり虜になってしまった。
一方カーリングはちょっと庶民的で、身近に感じられ、本当はそれなりに難しいんだろうけど、すぐにでも出来そうで、近所で見かけるような親しみのあるお姉ちゃん、おばちゃんたちが(失礼!)駆け引きが、小さい頃の遊びの世界と同じでついつい引き込まれて面白かった。
冬のオリンピックは、スノボーなど、パフォーマンスや本人が楽しむ競技が多く、ほのぼのしてるなあ。こんな姿を見ていると、どうして戦争なんかが起きてしまうんだろう、としみじみ思ってしまいます。感動と希望を与えてくれるオリンピック。やっぱり選手と一緒の時間に見たいよなあ~。
かくして、まだまだ寝不足は続く… 2014.2.18 夜明け前に

2014年2月17日月曜日

フェイスブックページをはじめてみました。

還暦の午年男で、デビュー35周年。滋賀に住まいを構えて20年。「帰らんちゃよか」を島津亜矢さんが歌い、全国区になってちょうど10年目の記念すべき節目の年に、“何かをはじめよう”と言うことで今流行りのフェイスブックを始めることにしました。正直言って、まだ理解してません。功罪も相半ば、この先どうなるかはわかりません。ただ、僕の生き方として、『やらないで後悔するより、とにかくやってみよう!』と言うのがあります。還暦とはいい言葉です。本卦還りで、ゼロに戻って、真っ新な気持ちで再び歩き始めようと思います。
たくさんの思いがけない出逢いもあるでしょう。信じられない心配ごとも起こるかもしれません。本当に迷惑がかかるようでしたら閉めなければいけません。責任は関島秀樹にあります。でも僕は、さまざまな懸念より、新しい世界の、素晴らしい未来に夢を託そうと思いました。
どうぞ、ちょっと頼りない、でもまだ山の上を目指し登っている僕のこれからに興味のある方は、『いいね…』でつないでみて下さい。どうぞよろしく…

追伸・・フェイスブックと言っても、個人でのやりとりでない方の(企業などがやってるタイプ)、ホームページの様に誰でも見ることができる記事がほとんどですので、ログインされなくても大丈夫です。ただし、「いいネ」や書き込みはフェイスブックをされている方に限られるようです。

▼関島秀樹フェイスブックページ
https://www.facebook.com/SekijimaHideki


僕のお気に入りの公園から見た今日の琵琶湖

2014年2月15日土曜日

祝 金メダル  -2/15-

雪のバレンタインデーのあとは、ホワイトがゴールドになって寒い日本に暖かいプレゼントが届きました。
ファイナルの高橋も、気合十分の町田も、そしてあの世界に出ても、表彰台のまん中でも絵になる素敵な笑顔の羽生も、パーソナリティーの面でもすばらしかった。
やっぱりトップに立つには、すべてが味方に付かないとダメなんだなあ。身体、技術は当然だけど、あらゆる条件、状況に対応し、立ち向かえる強さが大きいなあ。
それと目に見えない、理屈では表せない、“星”というものがあるよなあ~。
すごいよ。おめでとう。日本に大きな力をくれたね。