2026年8月8日土曜日

【 有明高校❗️諦めない大逆転‼️】 〜 甲子園❗️荒尾❗️熊本❗️感動の渦‼️ 〜

【 有明高校❗️諦めない大逆転‼️】 〜 甲子園❗️荒尾❗️熊本❗️感動の渦‼️ 〜

こんなことがあるのだろうか⁉️ 本当に現実に起きてしまった❣️
9回まで2-3の劣勢。ツーアウト!今日2本目の永田くんのタイムリー!ここで打てるか⁉️ これが野球!これが甲子園!これが有明の粘り! 3塁側アルプススタンドは歓喜の渦に包まれました❣️
遠く荒尾や東京からも応援に駆けつけ、控えの選手、夜行バスで駆けつけた地元の応援団、急遽結成されたプラスバンド、県人会、関西荒尾会、卒業生…  その瞬間を見届け心に刻みました。地元荒尾では、パブリックビューイングを数カ所で開き、同じ感動を共有しました。
100年の願い❗️甲子園に出場してくれただけでも奇跡のようなものなのに、こんな感動をみんなに与えて、勝利を届けてくれるなんて❗️[立命館宇治高校]の選手たちも素晴らしかった。組織立った応援やブラスバンド、チアガールは、急ごしらえの[有明高校]応援団は終始圧倒されていた。でも、魂のこもった、一人ひとりの勝利への諦めない願いは決っして負ける事はなかった。
おめでとう有明高校❗️ありがとう有明高校の選手の皆さん❗️熊本地震で被災され、今も大変な日々を過ごしている方々、復興復旧に携わっている方々にも大きな力を与えられたと思います。がんばれ熊本❗️元の安心できる普通の生活を取り戻すまで応援していきましょう❣️僕もずっと応援しています。そしてきっと次の試合も応援に行きます❗️
















2026年8月6日木曜日

【 8月6日に“虹色の平和”を誓う❗️】 〜 虹色の風船も🎈虹色の琵琶湖花火も🎇 〜

 【 8月6日に“虹色の平和”を誓う❗️】 〜 虹色の風船も🎈虹色の琵琶湖花火も🎇 〜

滋賀県の名刹[三井寺]で毎年行われている原爆被爆者への慰霊法要の中で歌を歌わせていただきました。その後、観音堂書院に移り、平和のコンサートをさせていただきました。平和への願いをメッセージに込めた七色の風船を大空に飛ばしました。夜は【びわ湖花火大会】で、七色の花火が圧巻のパフォーマンスを見せてくれました。

戦争を直接体験した方の話をされる方がだんだん少なくなっていきます。戦後9年目に生まれた僕は生々しい戦争の体験を小さい頃よく聞かされました。大伯父は戦地の南方から帰ってきた。叔父は中国で戦死した。北朝鮮に赴任していた父の兄家族は、命からがら日本に帰ってきたが、幼児は途中で亡くなってしまった。父は軍事教練や勤労奉仕、飛行場造りや防空壕掘りなどで、学校にはほとんど行けなかった。母は大牟田の三井染料で勤労奉仕。7月に入ると頻繁に空襲警報が発令され、7月26日の荒尾の空襲で、母の実家は全焼し、母は焼夷弾の破片を体に受け生死の淵を彷徨った。父の実家は、屋根に焼夷弾が落ちバケツリレーで何とか消し止めた。あの頃誰もが自分の身内や知り合いに戦争で傷を負ったり命を落とした人は必ずいた。実家には機銃掃射の弾の跡が柱にあった。もうそんな話を当たり前に聞く環境ではない。戦争の、そして原爆の悲惨さ、非情さ、残酷さも愚かさも、痛みもだんだん実感が薄れていく。

【被団協のノーベル平和賞】が、これから平和の世界を作るために何か力になるのだろうか? それを生かしアピールし、世界平和へつなげていくのは生かしてもらった我々の責務だと思う。力による支配、軍事力を高め、核武装もやむ無しと言う世界の流れに危機感を持ちます。世界の紛争や戦争が1日も早く収まることを… かけがえのない命がこれ以上奪われ失われないことを… 祈りと願いの八月です❗️























2026年8月5日水曜日

【 4つの“愛と平和のコンサート“無事終え滋賀に!】 〜被災地熊本を元気に!

【 4つの“愛と平和のコンサート“無事終え滋賀に!】 〜被災地熊本を元気に![有明高校]力強い入場行進 〜

地震の日に熊本に入り、最後の《下関カモンワーフ》でのコンサートを終え、滋賀に戻ってきました。着いた直後から、地震の報道、心配や無事の確認のやりとり、コンサートの準備、打ち合わせ、ラジオ出演、被災地お見舞いなど…それに連日の酷暑…倒れなくてもくたくたになるかと思いましたが、そこは熊本育ち、あの強い日差しにエネルギーを貰いました。最後の真っ昼間の“カモンワーフ“なんて、お客さんには、日よけのテントはあるもの、40度近い。屋外に出て僕の歌を聴く奇特な方はそうはいらっしゃいません。ハハハ…その分、冷房の効いた店内でお寿司やふく料理やジェラートなどを食べていらっしゃる方にはちゃんと聞こえていたみたいです。

⭕️今回のアルバムのジャケットを描いてくれた下関に住むスマイル画家【市川 武】さんとも久しぶりに会うことができました。

⭕️外国の様々な船が行き交う《関門海峡》。遠い中東の《ホルムズ海峡》に思いを馳せていました。通行料を取るとか、許可を取らないと爆撃するとか、海賊が行き交ういつの時代か⁉️ もう当事者も誰もが早く戦争は辞めたいと思っている。誰が始めたんだ? 何のために!こんな空虚な馬鹿げた争いを!攻撃の報酬、憎しみの連鎖。その後何が残る?ロシアとウクライナも弾が無くなるまで続ける。国連も国際社会も止めることができない。専門家や評論家が予測し分析する。遠い昔からの確執だ。宗教の読み取り方の違いだ。領土の奪い合い。人種、民族の対立。条約なんて絶対的なものじゃない。国際法も守られない。いつまでこんなことを続けていくんだろう。気がついたときには、もう地球はなくなっているかもしれない。

⭕️高校野球の選手宣誓の言葉はいつも素晴らしい❗️自由にスポーツができる平和は当たり前のことでは無いのだ❗️初出場の故郷荒尾市の【有明高校】の奮闘を祈る❗️前身は商業高校。今も看護科がある。昭和36年開校以来、実践的な卒業生を多く排出している。全国にいる卒業生の喜びはいかばかりか❗️創立35周年には学校に歌いに行きました。当時の片山盛雄校長は感無量❗️83歳となられ今も理事を務めてられますが元気いっぱいです。7日は甲子園のアルプススタンドで一緒に応援をします❣️ 

⭕️そして明日8月6日は、81年前人類史上初めて広島に原子爆弾が落とされた日です。

滋賀県の三井寺では毎年8月6日【原爆犠牲者慰霊の法要】と平和への祈りの集いがあります。そこで“愛と平和を未来へつなぐ“ために歌を歌います。

2026年8月4日火曜日

【 40.3度の酷暑の被災地の恐怖 】 〜 現地に行って初めてわかることがある 〜

【 40.3度の酷暑の被災地の恐怖 】 〜 現地に行って初めてわかることがある 〜 28日の発災の日に熊本に入り、初めて1日だけ動ける日ができたので、特に心配だった。氷川町と八代の知人を訪ねました。高速は城南町インターで降り、宇城から渋滞の3号線を避け、山道を抜けて氷川町に入りました。長いお付き合いのある松橋の【まつの木作業所】は水が通じるようになり、通所者の皆さんも元気だと言うことで安心しました。

途中からの道は段差が各所にあり、路肩が崩れているところもありました。屋根にブルーシートのいえいえが見え、お墓はどこも崩れていました。氷川町の公民館では、まだ水道が通じてないところも多く、水や食事の配布に長い行列ができていました。農家の方は、田んぼや畑に水を流すのに苦労されていました。2年前にコンサート 開かせていただいた立派な古民家は、縁側のガラス戸や襖が壊れ、建物全体が斜めになり何とか立っていると言う様子でした。次の地震が来れば壊れるかもしれないと心配されていました。ずっと不通のままのJR八代駅に行くと、当時の散乱したままの案内所や製紙工場の煙突が悲しく立っていました。八代の文化の発信地として、古くから地元の人に愛されていた喫茶店【ミック】が完全に潰されていました。貴重な資料や作品がたくさんあったと思います。言葉もありません。ご主人は何とか潰された建物の中から助け出されたそうです。恩師の家は建物は大丈夫でしたが、家の中はタンスや食器棚が倒れ、ごちゃごちゃになり、足の踏み場もないないほどで、6日たってやっと片付けて1段落されていました。ただ水はまだ出ないので、湧水や差し入れ等で何とかしないでらっしゃるということでした。高市首相が今日は氷川中学校を訪れ、被災者をねぎらってらっしゃいました。[人的支援をお願いします]と書いた紙を掲げていらっしゃる人を見かけ、お話をお聞きしましたら【介護職員]が絶対的に足りなくて逼迫していると言うことで、必死の思いで通る車にお願いして、その後高市首相が通ったバスに向かっても一生懸命支援を訴えてらっしゃいました。

こんな時は、みんなが助け合って、譲り合って、分け合って、声を掛け合い、親切になり、優しくなります。どこの被災地でもそうです。ありがとうございます。助かります。お互い様です。そんな言葉が飛び交います。避難や後片付け、復旧はまだまだこれからも長く続きます。酷暑の夏です。台風も心配です。熊本の北半分は幸いに、被害も少なく、普通の生活が続けられています。どうかみんなで助け合ってこの困難を少しでもこの後の被害も少なく、具合が悪くなったり、よもや亡くなったりする人が極力出ないように祈るばかりです。