【 カメハメハ大王の島 】 〜 憧れのハワイ空路 〜
昔々、火山の噴火と隆起でで生まれた無人の島に、南の冒険心に富んだポリネシアや南国の人々がこの島に住み着きました。1778年にイギリスのジェームス・クックがこの島を発見し欧米の人たちもこの島に触手を伸ばし始めました。どこの植民地の歴史も似たようなものです。力の強いものが自分の欲望を満たし、未熟(純粋とも言っていい)なものや力のない(足るを知るものは必要を感じない)ものは、略奪や暴行を受け(全てではなく話し合いで平和に共存することもある)利用され、搾取され、新しい価値観や生活様式を受け入れざるを得なくなる。それを近代化、経済発展、ルネッサンスというのだろうか… しかし、ネイティブの人たちがハワイ王国を建国し初代カメハメハ大王がハワイを治めました。1894年にはハワイ共和国が誕生しました。その後1900年にアメリカがハワイを併合し、第二次世界対戦後の1959年3月11日、アメリカの50番目の州となりました。
今、ハワイの人口の14%が日系人と言われています。1986年,初のハワイへの官民移民が始まり、8年間の間に、約3万人の日本人がハワイに移住し、当時のサトウキビ労働者の約70%が日本人だと言われています。その中には、民間移民で1880年(明治13年)9歳でハワイに向かい、苦学、努力の末、1908年に熊本県人会を立ち上げた[甲斐政次郎]と言う甲佐町出身の方もいらっしゃいました。勤勉で真面目な日本人は、多くの信頼を得て事業でも政界でもスポーツ、エンターテイメントでも日本ではほとんど知られていませんが、たくさんの素晴らしい人たちがいらっしゃいます。9期もアメリカの上院議員を務めた[ダニエル・イノウエ]さんは近年ホノルルの空港の名前となり、ハワイ島のコナ空港は、スペースシャトルで非業な死を遂げた[エリソン・オニズカ]さんの名前が付けられています。[ジミー佐古田]さんや[与那嶺要]さん、ウクレレの[ジェイク・シマブクロ]さんなども有名です。
日本では1964年旅行規制が解除され、ハワイへの旅行が自由にできるようになりました。1948年に[岡晴夫]の『憧れのハワイ航路』が流行り、ハワイアン音楽、フラダンス、ハワイを舞台にした映画もたくさん作られました。今も人気のハワイですが、火山の噴火や津波などの自然災害も続き、生きている島です。街の中心地に[津波博物館]もありました。今回は35年ぶりに親戚の結婚式でハワイを訪れる機会を得ましたが、ハワイの歴史、その中での日系人の苦難の歩み、素晴らしい活躍なども知ることができ、海と青空、4千メート級の火山、日本庭園、世界最長の滝などを充分堪能できた旅でした。ドジャースも勝ち進んでいます。日本に帰る頃には総理大臣は新しい誰になっているのでしょうか? 高校野球の九州大会に臨む地元荒尾市の〈有明高校〉の活躍も気になります。ベスト4に勝ち残れば史上初の荒尾市からの甲子園出場があるかもしれません❗️これからの日本!世界に胸を張って誇れる、堂々と進んで行ける国となるのでしょうか???