【 奈良は初夏のように萌え … 】〜 何を見ても何を歌っても思い出すのは母のことばかり 〜
《母にご縁をいただいたすべての皆様に、心よりお礼を申し上げます》
一生で一番長く居た人でした。母との別れは誰もが通る道で、当然自分にもいつか来ることは覚悟はしていましたが、一番受け入れたくなく、一番恐れていたことでした。息子にとって母親は、ある意味初恋の人です。美しくやさしい思い出を抱きつつ、だんだん老いてゆく現実を突きつけられます。頭では理解できても、突然の別れにはかなりきついものがあります。もう少し長生きして欲しかったなか〜。そばにいて送ってやれなかったのが申し訳なく、思えば悔いばかりです。何か、何とかできなかったのか… まだ信じられず、夢の中のようです。たくさんの方々に支えられ、励まして、一緒に悲しんで、心配していただき、僕は大丈夫です。本当は、一番悲しいのは、出会って83年、結婚して68年連れ添ってきた父親です。今も毎日母を探しています。『帰らんちゃよか』を作ったばっかりに、(これは実話ではなく、僕の想像の歌ではありますが… )強がって、寂しさを口には出しませんでしたが、最近はずっと、素直に会いたい気持ちを表していました。三人の子供が家を離れたあと、父と母は40年間二人きりの暮らしでした。でも多くの方々に慕われ、愛され、誰とでもフラットに親しく楽しく話のできる天性の明るさを持つ母の生涯は、人に囲まれて幸せだったと思います。一切人の悪口は言わず、愚痴や弱音を吐くこともなく、人の心配ばかりして、自分のことは欲がなく、誰の世話にもならず、誰にも迷惑をかけず、黙って静かに逝った母の人生は、実に見事だったと思います。僕の誇りです。どうぞ忘れないで下さい。ありがとうございました。