2026年5月25日月曜日

【七回目の午年、年男は馬に乗って❗️】 〜 かつて故郷には競馬場があった 〜

 【七回目の午年、年男は馬に乗って❗️】 〜 かつて故郷には競馬場があった 〜

昭和29年、まだ敗戦の混乱と悲しい、虚しい、重苦しい傷跡を引きずっている頃の11月3日(文化の日)に、僕は熊本県荒尾市で生まれました。文化の日は昭和21年、日本国憲法が公布されたことを記念して制定されました。もともとは明治天皇の誕生日で、戦前は[天長節][明治節]と呼ばれていました。戦後『自由と平和を愛し、文化を進める日』として、戦争の放棄、基本的人権の尊重を大きな目的としました。自分が少しはそれに添えるような生き方ができたかと考えるのはあまりにもおこがましく失礼なことですが、何かの折どこかでささやかに意識をしてきたような気がします。野球少年だった僕は、巨人の長嶋さんに憧れ、背番号3と3番サードに惹かれ、“3”と言う数字に愛着があります。後は、大学時代の草野球の時に17番をつけてピッチャーをしていたので(大谷翔平クンと同じ)“17”番も大好きです。ハハハ… 話がそれてしまいました。

田舎には、海の見える公営競馬場[荒尾競馬]があり、小さい頃から家の前など、町の中を競走馬が散歩をしていました。同級生が騎手に憧れ、実際に騎手になった友もいました。もう45年ほど前になるでしょうか… 厩舎に行き、実際に馬に乗せてもらったりもし、馬はとても親近感があり大好きです。競馬の番組もKBS京都で10年間させていただき、そのくせ“馬刺し“は大好きなのです。困ったものです。ハハハ…

小学生の時の馬乗り遊びや、高校の運動会の騎馬戦も好きでした。オークスでG1レース初の女性ジョッキー[今村聖奈(22歳)]さんが優勝を飾り、新しい日本競馬の歴史の扉を開きました。こんな年ですから、もはや“白馬に乗った王子様”にはなれませんが、もう少し自分の足で走っていきたいと思います。この日乗せていただいた馬の名前は、父に競走馬を持つ“スターダム“でした。ハハハ… 僕にはとうてい届くことのない“スターダスト”なのですが… ハハハ

関西と熊本で高校の同窓会に呼んでいただき、楽しい時間を過ごしました。掛け値なしのこれほど楽しい集まりはありません❗️滋賀県 大津の[ぼちぼち]のマンスリーライブもアットホームな雰囲気が定着してきました。





























2026年5月12日火曜日

【 渋谷 道玄坂~町田~小田急相模原~座間 】 〜53年前、ライブの原点、青春の地 ❗️〜

 【 渋谷 道玄坂~町田~小田急相模原~座間 】 〜53年前、ライブの原点、青春の地 ❗️〜

『ランタン』に出会ったのは48年前。デビューする前の大手音楽事務所でスタッフや[小坂明子]さんのロードマネージャーをしていた頃でした。今の神泉ではなく円山町にあった頃、何度か顔を出すうちに、店で歌わしてもらうことがあり、その当時同じように[杉本眞人]さんも時々歌ってらっしゃいました。オーナーの小川さん!スタッフもずっと変わらず、周りの再開発の流れにもなんとかそのビルだけは最後の砦として店を守っています。映画〈ニューヨーク8番街の奇跡〉のようです。そこでプロとしてライブをやらせてもらって、もう40年の付き合いとなります。たくさんの人と出会い、温かく育ててもらいました。

僕のライブの原点はそこから遡ること5年!1973年大学に入学し、神奈川県座間市に住んでいた頃に小田急相模原にある喫茶店『タロー』を知りました。そこでは、毎日アマチュアの人が入れ替わりステージで当時流行の歌を歌っていました。僕も、そこでしばらく歌を歌わせていただき、初めて自分の歌でお金をいただきました。ここが僕のライブの原点です。当時、高校生、大学生など、若者のたまり場で、音楽と若者のエネルギーが溢れていました。近くの大和や相模大野、町田などでも出かけて歌っていました。そんな中、音楽関係の方の目に留まりデビューのへの道が開きました。まさに、僕のプロへの音楽のきっかけ、基盤を作ってくれ、音楽の楽しさを教えてくれた青春の地なのです❗️今回はその当時のミュージシャンや店に出入りしていたお客さんと53年ぶりの再会ができました‼️

⭕️今日は5月17日に終了する。《ハローキティトレイン》に乗って熊本に戻り、明日はお世話になった恩師の追悼ライブを人吉で開きます。









































2026年5月8日金曜日

【 美濃白鳥から郡上八幡に会いにゆく 】 〜 桜から新緑の中を東京へ❗️〜

 【 美濃白鳥から郡上八幡に会いにゆく 】 〜 桜から新緑の中を東京へ❗️〜

あっという間に桜の季節も最終節へ。そして日本列島はこれから新緑に包まれてゆく。荘川桜に出逢ってからさらに桜に魅せられて25年。毎年のように御母衣ダムのほとりの荘川桜に会いに行きました。佐藤良二さんの生まれ育った〈美濃白鳥〉ライブを開かせていただいた一棟貸しの古民家【四季の里】から大好きな〈郡上八幡〉へ向かいました。『郡上八幡に会いたい』という歌も作りました。街並みはほとんど変わっていません。〜♪ 山に囲まれた 日本の真ん中に 美しい水と緑に抱かれた まちがある♪〜 八幡城、宗祇水、吉田川、真夏の郡上の徹夜踊り… 橋のたもとにあった〈みたらし団子屋〉のおばちゃんにも再会しました。あちこちに郡上八幡の魅力を発信している日本酒の旨い〈上田酒店〉にも立ち寄りました。去年、お店で福山雅治主演の映画『ブラック・ショーマン』のロケがあって、流行りの聖地巡礼で大変な人だったとうれしそうに話していました。川上文具店は店を閉められていました。ここも外国の観光客が多くとても賑わっていました。ゴールデンウィークもほぼ終わり、多くの人はまた仕事モードです。僕には休みは関係ありませんが、この生命力を感じさせる新緑に背中を押されて東京へ向かいます。今日はいつもの渋谷神泉駅前の【ランタン】のライブです。各地で熊が出没して、天気も風が強かったり気温が上がったり、そのせいでしょうか山火事が多く発生しています。これも地球温暖化の影響でしょうか?地震も頻発しています。子供の命が無惨に奪われて、子供を守れない親、大人、社会、日本になっています。戦争も各国の思惑とエゴで収束が見えません❗️国連の核拡散防止条約の話し合いも進展がありません❗️新しいウィルスの感染も気になります。悲しい、虚しい、寂しい、腹の立つニュースが多いです。今夜は東京で懐かしい友やファンの皆さんとお会いし、楽しいひとときを一緒に過ごせるのを楽しみにしています❣️























2026年5月6日水曜日

2026.4.29 岐阜県御母衣湖畔の【荘川桜】にて

二分咲きの頃、見事な満開の時、雪がチラつく中、見事な桜吹雪の舞う中も…… いろんな場面で歌いましたが、今年は生き生きと生命力を感じさせる、美しい緑の葉を茂らせた荘川桜の下で歌うことができました。

2026.4.29 岐阜県御母衣湖畔の【荘川桜】にて

♪てんごの夢 ~桜のように生きた男の物語~   

関島秀樹

▼一部をご紹介
 https://www.facebook.com/reel/1374612068021314



【 出逢いから25年目の御母衣ダムに咲く“荘川桜” 】

 【 出逢いから25年目の御母衣ダムに咲く“荘川桜” 】 〜 あなたの願い通り 今年もきれいに咲いています🌸 〜

2001年に出会った岐阜県御母衣ダムのほとりに咲く二本の荘川桜。桜に魅せられ、“太平洋と日本海を桜でつなごう”と、自分の乗務していた名金線の名古屋から金沢までのバスの路線沿いに桜を植え続けた国鉄バスの車掌[佐藤良二さん]❗️きっかけは、ダムを作ると言うことで、故郷を追われた村人たちのせめてもの思い出としてのその桜がダムに沈まない場所に移植されました。その桜が次の年に見事な花を咲かせ、村人たちが集まり、涙を流して桜に感謝しました。その姿に心を動かされ、良二さんは桜を植えることに人生をささげ47歳という若さでこの世を去りました。その思いは今でも多くの人に引き継がれ、日本全国に荘川桜の子供、孫たちが咲き続けています。

今回は僕がこの桜に出会って、『てんごの夢 ~桜のように生きた男の物語~ 』の歌が生まれて25年と言うことと、良二さんの奥さん[八千代さん]が昨年亡くなったと言うことで、お墓参りを兼ねて3年ぶりに荘川桜に会いに行きました。これに賛同した方たち26人があちこち遠くから集まって下さいました。残念ながら桜は葉桜になっていましたが、いつものように荘川桜の下で『てんごの夢』歌いました。バスツアーでいつもお世話になっていた。〈ドライブイン“みぼろ湖”〉で食事をし、良二さんの生まれ育った“美濃白鳥”に行き、奥さんが長年やってらした民宿、【てんご】が閉められたと言うことで、その場所に伺い、菩提寺に行ってお二人のお墓参りをしてきました。

その後、地元の皆さんのご好意で、同じ白鳥にある素晴らしい一棟貸しの古民家[四季の里]をお借りしてコンサートをすることができました。25年の歴史を振り返り、たくさん方にお世話になり、共感と力をいただきバスツアーも続けて来ることができました。これからも“荘川桜”が長く咲き続けることを見届けながら、僕も1日でも長く歌い続けていきたいと心に強く誓いました。ありがとう“荘川桜” ❗️ありがとう“佐藤良二さん八千代さん” ❗️ありがとう“ 関わっていただいたたくさんの皆さん“❗️ 《♪~ あなたが命分けて 育てた桜たちは いつまでも心の中に   花を咲かせています~♪ 》

























































2026年5月2日土曜日

【 47年目の名古屋❗️】 〜 荘川桜~美濃白鳥~郡上八幡~人吉へ 〜

 【 47年目の名古屋❗️】 〜 荘川桜~美濃白鳥~郡上八幡~人吉へ 〜

1979年4月25日『あじさい寺』でデビューして、最初のステージはなぜか!いきなり1500人は入る〈名古屋市公会堂〉でした。まだほとんど世間には知られていない。僕が、デビューしたてで、まだプロモーションも何もしていない、僕が… どうやって客席を埋める??? ゲストにはなぜか1年前に『ラブステップ』でデビューした当時ピアノ弾きながら歌う、勢いのあった元気な18才のシンガーソングライター[越美春]❗️とは言え2人共まだ新人。案の定、10分1のお客でのデビューコンサートでした。それから名古屋とは切っても切れない不思議なご縁が続いています。[ユッカ][プリウス][パラダイスカフェ]… 47年!お世話になりながら、恩返しもできず、送った方も幾人もいらっしゃいます。荒尾、玉名、大分竹田との繋がりもあります。『熱情』[紙風船]そして【さくら道のバスツアー】は名古屋駅から出発し、“荘川桜に会いに行くと言うもので、トータル20回続きました。今回も、3年ぶりに“荘川桜”に会いに行くと言うおまけも付いていましたので、静岡や関西からも参加されました。本当に長い間足を運んで下さってありがとうございました。まだまだ楽しく元気で歌い続けて参ります❗️

⭕️ゴールデンウィークが終り、8日の東京 渋谷の[ランタン]のライブの後は、“人吉”で、昨年亡くなった恩師を偲ぶささやかなコンサートを開きます。