2014年11月5日水曜日

【 生まれ故郷に還暦報告 】 〜 後の十三夜の日に誓う 〜

新しくゼロからのスタートの第2幕からの3日目に故郷を走ってみました。
【小岱山】から登る、今日の真っ新な朝陽に照らされた雲ひとつない真っ青大空!(誰が途中から名前を変えたんだろうか?“しょうだいさん”とは読めない!“しようたいざん”になるのだ。もともとは小代氏ゆかりの[小代山]だったはずなのに…〈母方のルーツである〉)。渡り鳥が飛び交う穏やかな[有明海](干潟はラムサール条約に契約している)。海越しの今朝の雲仙。手前の元炭坑の住宅あとは、ソーラーパネルで埋めつくされています(写真1)。
先ずは僕の守り神【四山神社】へ挨拶に向かう。鹿児島本線を超える[市屋のガード]。7時30分には仕事に向かう結構な車の数だ。一時期は評判になった海の見える[モスバーガー]。今は廃止になったが、全国でも評判だった海の見える[荒尾競馬場]。立派な2車線のまっすぐな道路は、今有明海湾岸道路計画で隣の長洲町まではつながるという話だ。僕の玉名高校時代の友の実家、田宮医院を右に見ながら走るともう正面には小高い四ツ山が見える(写真2)。ここの階段は311段です(写真3)。・・僕は何かと“3” に縁あり、ラッキーナンバーは【3】です。
中腹に夭折の詩人【海達公子】の文学散歩道があります。今年の8月8日、僕も〈桜〉という詩碑を建立しました(写真4)・・母校玉名高校の前身の一つ[高瀬高女]の出身です。さらに海達公子の出生地は[長野県飯田市]。なんと最近わかりかけてきた、父方のルーツ【関島家】の出身地と同じなのです。
今は誰も住んでいない、父が生まれた普源寺にある関島の本家です(写真5)。参道の横に平成18年6月2日に植えた岐阜の【荘川桜】も元気でした(写真6)。最後の階段を上がると【還暦御祓い】という赤い大きな文字が目に飛び込んできました(写真7)。小さい頃から何かの節目には必ずお世話になった四山神社。無事に還暦を迎えられた感謝とお礼の報告をしました。すると、必ず引くおみくじ、今日も【大吉】をいただきました(写真8)。
帰りは母方の菩提寺の、宮内出目にある[浄業寺](小代が祭ってあります)。父方の菩提寺、上小路にある[往相寺]にもお参りしてきました(写真9)。すべてのものが今の自分ににつながっています。171年ぶりに見ることが出来る【後の十三夜】の日に、ここまで歩いて来られた奇跡、お世話になった全てに感謝します。今日までありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。