7年目に入った被災地は、驚くような勢いで復興に向けて動いているような気がしました。三陸沿岸道路もどんどんつながっています。傷ついた町も、堤防や防潮堤ができ、造成され新しい道路が引かれ、区画整理されています。駅や商店街、住宅も立ち始めています。街の形は変わりましたが、新しい故郷ができつつあります。早いところ遅れているところはあります。取り残されているところもあるようです。まだしばらく仮設住宅の生活が続くところもあります。病院や学校、お年寄りの施設などまだまだ足りないところがあるようです。でも確実に笑顔の数は増えているような気がします。言葉にできない、心に秘めている寂しさや悲しみや苛立ち、辛い思いを持っていらっしゃるのも現実です。でも、でもこの現実を受け止めながら、少しでも前に進んでいこうとがんばってらっしゃいます。おこがましくて、僕の復興応援なんて本当に微々たるものですが、これからもこんな僕の歌でも何かお役に立てることがあれば、何かの折に伺いたいと思います。いつまでも応援しています。心配しています。忘れないでいます。いつでも声をかけてください。この6年間、本当にたくさんの皆さんにお世話になりました。
田老町の[どんこの唐揚げ丼]はとてもおいしかったです。
玉名高校の先輩で、石巻の最初に訪れた避難所になっていた〈中里小学校〉の元校長、[赤瀬博行先生ご夫妻]6年間毎回泊めていただきありがとうございました。
前国士舘大学の三浦学長のご実家の[高橋節子さん]手作り図書館〈百俵館〉には感激しました。
東京のあの[国立競技場の聖火台]が石巻総合運動公園内に置かれているのにはびっくりでした。隣の野球場には[TOMO DACH]の文字が大きく書かれていました。日和山公園から見る石巻の市内はずいぶん復興してきたような気がします。
今回もまた鹿島御児神社から【大吉】をいただき、ほっとひと安心しました。僕がやってきたことが報われたような気持ちになりました。
自己満足なのかもしれませんが、たくさんの皆さんの出逢いと思いを胸に、来月は熊本に向かいます。皆様に1日も早い、穏やかな日が訪れることと、1つでも多くの幸せがあることを祈りながら…