2015年3月13日金曜日

【 今こそみんなが ひとつになる時 】〜 被災地から復興の兆しが… 〜

2011年の6月、初めて東松島から石巻に入ったとき、被災者の皆さんは避難所生活をされていました。まだ十分な食事や衣類等もなく、体育館や公民館に段ボールをひいたような全くプライベートもない不自由な生活をされていました。でも私たちは命が助かっただけでも…もっと大変な方がいらっしゃいますから…そう言って文句1つ口にされることもなく、じっと耐えていらっしゃいました。仮設住宅に入れるというのは夢のような事でした。あれから3年半以上…。石巻では“命の丘”と言われる《日和山公園》。先日はイギリスの〔チャールズ皇太子〕も訪れました。僕ももう10回ほどは来ているでしょうか。見るたびに景色が変わっています。街の中はほとんど震災の面影は見られませんが、郊外の住宅地や畑や田んぼのあった場所は造成が進み、新しいまちづくりが少しずつ始まっているようです。でも震災前のあの風景にはもう戻れません。「サイボーグ009」「仮面ライダー」などで知られた石巻出身の《石ノ森章太郎漫画館》に初めて伺いました。彼が60歳の若さで亡くなったことを知りました。漫画の王様と言われた彼の言葉が心に沁みてきます。石巻から相馬までは新しい高速道路がこの3月1日に開通して、あっという間の1時間ほどで到着しました。震災間もない頃、あちらこちらに迂回しながら何時間もかけて走ったことが嘘のようです。[新地のがんご屋仮設住宅]は今回で4回目の訪問です。浪江町や南相馬市、双葉町など原発の被災から避難された方も数多くいらっしゃいます。もう当時からすると半分ほどしか残っていらっしゃいませんが、まだ復興公営住宅の建設が大幅に遅れて、いつ仮設住宅を出ることができるかはっきりした見通しが見えません。新しい場所で1からやり直すのも大変です。仮設住宅の統合も始まりました。その引っ越しも大変です。原発の中間貯蔵施設の受け入れが決まり、もう帰れないんだったらこの仮説で一生終わるのもいいかな…そう諦めたように言われる方もいらっしゃいました。
今回の被災地訪問の最後は、あの当時[浪江町]の被災者を受け入れていた《土湯温泉》に泊まらせていただきました。もともとは《こけし》でも有名で、山あいの落ち着いた素敵な温泉地です。当時被災者の方たちをまとめられていた会長の亀田さんは、今、埼玉の息子さんの所へ身を寄せ、野菜作りに励んでらっしゃいます。この4年の間に、僕も何度かお会いしました高齢のお父様と、とても仲睦まじくされていた奥様を亡くされました。これもあの震災が無ければ…原発事故がなければ…そう思ってしまいます。《小滝旅館》さんにはいつも良くして頂きます。ちょっと頑張ったご褒美に温泉と猪鍋、天然のアユをいただきました。ごめんなさい❗️ すっかり疲れが癒されました。いつも皆さんに助けていただいています… 本当に本当に、一日でも早く! 被災された皆さんにほっとした生活が戻りますように…